きみがいく道

目がさめた時、最初に見えたのは天井から下がった薄暗いランプの灯りと心配そうに覗きこむ二つの顔だった
「ああ、目がさめたかい?よかった、熱も下がったね」
女の人が優しい声で僕の髪を撫でてくれた
「起きられるか?少し何か食べた方がいいぞ」
男の人の大きな腕が身体を起こしてくれる。
ふわふわとまとまらない頭で思う
ここはどこだろう?この人達は誰だろう?なんで僕はここにいるんだろう?
「僕、名前は?」
「なんであんなとこにいたんだ?父さんや母さんはどうしたんだ?」
答えようと口を開いた。だけど、出てこない
自分の名前が分からなかった
父さん?母さん?それはなに?どういうもの?
あんなとこ?僕はどこにいたの?
ふわふわとしていた頭の中がはっきりしてきて、自分が何もわからないということがわかってくる
混乱して怖さに身体が震えた。
ここはどこ?!
僕は誰??
叫ぼうとした喉からはヒュウヒュウと息だけが漏れた。
僕は声も出せないことを知った。

二人は夫婦で、茶葉を摘みに森へ出かけた時に木の根元で倒れていた自分を見つけてくれたのだという
特に外傷は無かったものの、助け起こそうと身体に触れた時の氷のような冷たさに一瞬最悪の事態を思ったそうだ。
その夜に高熱を出して丸一日、僕は寝込んでいたのだと後に聞かされた。
近隣の村や街で迷子になった子供のことを聞いて回ったりもしたけど、僕に関することは全くわからず迷子になったような子供の話も無かった。
本当なら孤児院に引き取られるところを僕は助けてくれた夫婦に養子として引き取られることになった
数年前に子供を病気で亡くした二人は、
「きっと神様が引き合わせてくれたんだよ」
と僕の手を包んでくれた。
外見から僕は多分5~6歳くらいだろうということで6歳から歳を数えることになった。
森で出会ったあの日を誕生日にして。
名前も付けてくれた
只、生活が落ち着いて自然に笑えるようになっても僕の声は出てくれなかった…

村での生活はとても楽しかった。優しい養父母の下で穏やかに暮らしていた
だけど、どこにでもいじめっ子というのはいるもので、村一番のガキ大将はことある事に僕をからかった
12歳のあの日、いつものように父の木工細工用の木を切りに森へ入った僕の前にガキ大将のジャンが現れた。
内心、うんざりしながらも何事もなかったように適当な木を探す。
もっと子供の頃は泣かされもしたけれど、今はもう相手にしないことが最善なのだと学習していた。
ジャンは僕が声を出せず言い返せないのをいいことにやりたい放題だがこちらが怒ればより歓喜するんだから、無視が一番なのだ。
(あ、あの枝ちょうど良さそう)
良い太さの枝を見つけて、僕は背負っていた籠からのこぎりを出して目星を付けた木に登る。
木の下でジャンが何か言ってるけど、無視無視
ギコギコと枝を切り落とす。
落とした枝にぶつかりそうになったジャンが
「てめぇ!!今のわざとだろ!!!」
と叫んでいた。僕は内心
(ちぇっ、よけたのか。当たればよかったのに)
と呟く。するすると木から降りて睨みつけてくるジャンと目が合って、僕はくすっと笑って見せた。
ジャンの憤慨した顔が愉快だ。
さて…と落とした枝を拾おうと手を伸ばすと、ジャンがガッと横取りする
何すんだ!と睨みつける俺に
「へん!こんなもん!!」
と枝を抱えて走りだした。僕は返せよ!とばかりにジャンを追いかける
お互いの息が上がってきたころ、ふいに走るジャンに脇から黒い人影が飛び出してきてジャンとぶつかった。
「いって~~~!!」
「う…」
お互いに思いっきり衝突したらしく、二人とも暫くうずくまっていた。
先に動いたのは黒い人影…マントを羽織った男の人だった。
「君たち!すぐにここから離れるんだ!!魔獣が来る!!」
えっ?!
何を言ってるのかと聞き返す間もなく黒い影が地面に映った。何事かと見上げると見たことも無いような生き物が上空からこちらめがけて舞い下りてくる。二つの牛のような頭に毛に覆われた人間のような身体。
だけどその足は鳥の足のようで手は大きな爪を持ち。背中には真っ黒な羽根が生えていた。
醜悪な姿に足がすくんだ。
「く・・・・!!」
男の人が何かつぶやいたと思ったらその人を何か光が包む。その光が矢になって魔獣を射った。
え?なに?魔法?!
魔獣は一瞬叫び声をあげたけれど、たいしたダメージを受けなかったようで僕たちの前に降り立った。
男の人の身体が再び光に包まれた。でも、今度はその光がすぐに消えた。
男の人はうめき声をあげながらわき腹を押さえていた。その手の間に血が滲んでいた。
(あの人、ケガしてるんだ!)
魔獣はうずくまる男の人を蹴り上げ、転がったところに爪を振り降ろそうとしていた。
僕はとっさに足元の石を魔獣にぶつけた。
魔獣がこちらを向く
「ば…か…早く逃げるんだ!!」
男の人が声を絞り出す。けれど、もう間に合わない
魔獣が後ずさる僕のほうへ歩いてくる。踵を返そうとしたその一瞬、魔獣が飛びかかってきた。
やられる!!
僕は両腕で顔を覆って目を閉じた。次にくる衝撃と痛みを覚悟した。
「ぎゃああああああああ!!!」
突然、激しい叫び声が上がりとっさに目を開けると、僕の目の前で魔獣が片方の頭を焼かれてもがき苦しんでいた。
え?なに??何が起こったんだ??
魔獣はよろけながら後ずさる、僕は顔を覆っていた腕を下ろす。魔獣はビクリと身を震わせた。
まるで僕の動きひとつひとつを警戒するように。
一体、なにがどうなったんだ?
まるでさっきとは真逆だ。魔獣の方がじりじりと僕の視線を受けながら後ずさっている。
ジャンも、あの男の人もぽかんとこちらを見つめている
僕が、何かしたのか?
何かをした自覚は無い。だけど、じゃあなんで?
両手をふと見つめる
「うわぁぁぁ!!」
ジャンの悲鳴にはっと我に返る。僕が視線を外した途端に魔獣はジャンに襲い掛かった。
(ジャン!!)
まるでジャンを盾にするようにジャンの首をつかんで持ち上げると僕に見せつけた。
長い爪がジャンの首に食い込んで血が流れる
「く…る…し…」
ジャンの顔が青ざめる。もがいていた腕が徐々に力を無くす
カッと全身が熱くなった。怒りが、どんどん頭を支配する。まるで血が逆流するような感覚に震えが止まらない
はな…せ、はなせ、はなせ、はなせ ジャンを
「ジャンを離せーーー!!!」
声のかぎりに叫んだ。
視界が真っ白になって、そして赤く光る。
「ギィィィィーーーーーー!!!!!!」
耳を覆いたくなるような叫び声とボンっと何かが爆ぜるような音がした。
肉の焼けるような匂いと降りかかる生温かい液体の感触。
周囲の光が消えていく
「ひ…ひ…」
視界にジャンの姿が見えた。怯えた目をして、しゅうしゅうと煙を上げ散らばる魔獣の肉塊の中で僕を見ていた
良かった、無事だったんだ。
「ジャ…」
「ば、化けもの!!!」
「あ・・!」
声をかけようとした僕に、ジャンは傍に落ちていたあの枝を投げつけて走りだした。
化け物?誰が?・・・僕?
ぬるりとした顔の感触に、手で拭う。
べっとりと手に付いた液体は緑色で、焼け焦げた塊が僕の服のあちこちにこびりついていた。
何、これ?あの魔獣?あいつの…血?肉??
僕はあの時、どうなった?あの光は?

僕が、やったの?

ふいに、両足から力が抜けた。
あれ?と思った瞬間、視界が暗くなった
「キミ!しっかりしろ!!大丈夫か?!」
あの男の人の声とどさりと誰かに支えられるような感触を最後に僕の意識は途切れた。

「え?あの子を魔法使いに?」
「しかし、あの子はそんな大それた者になんて…」
誰かの話声がする…
僕はふと目を開けた。見慣れた天井、いつもの布団の感触。ああ家だ。とほっとした
変な夢を見たなと身体を起こそうとしてギクリと身を固くする
「ですが、息子さんの魔力は並外れたものがあります」
隣の部屋から聞こえるあの声は、あの男の人だ。じゃあ、夢じゃなかったのか?あれは…
あの光景を思い出して知らずに体が震えた。
「息子さんは魔力の使い方を身に付けていません。今日はたまたま魔獣退治ができましたが
もしも今日のようなことがまた起こった時に制御できない魔力は無関係な周囲の者を巻き込む危険があります」
じゃああれは、やっぱり僕がやったことなんだ。
でも、覚えていない。
只かっとなって訳が分からなくなるくらい腹が立って…
「本来、魔法というのは呪文の詠唱や媒体となる道具を用いて行うものなのです」
「それはどういうことですか?」
「人間が持つ魔力はそこまで強大になる物ではありません。精霊と契約するための呪文で精霊を呼び出し使役したり
魔道具の力で微量な魔力を増幅させたりするんです。只・・・」
「只?」
「稀に強い魔力を内包した者が現れることがあります。息子さんのように」
「・・・」
「その場合は、逆に暴走する魔力を抑える必要があります。息子さんは詠唱も道具も無しに魔獣を砕いてしまった
制御できない魔力は危険なのです」

制御できない魔力は危険
じゃあ、もしかしたらあの時僕が砕いたのが、魔獣じゃなくてジャンだったかもしれなかったの?
化け物だと僕を見て怯えたジャン
僕は・・・僕は・・・

「息子さんを魔法使いの養成ギルドで訓練させてください」
「ですけど・・・」
僕はベッドから身体を起こした。まだ全身がだるくて、立ち上がるのも辛かったけれどベッドから降りてドアを開けた
よろよろとした足取りで歩く僕を母さんが慌てて支える。
「まだ寝ておいで!そんなふらふらな体で・・」
「父さん、母さん、僕この人について行って訓練を受けるよ」
父さんと母さんの目が見開かれた。母さんは震える指で僕の唇に触れて見開いた目に涙をためた
「お前、声が出るようになったの?」
こくりとうなずくと母さんは嬉しそうに僕を抱きしめた。父さんも目を潤ませて僕の方に手を置いた
「僕、自分が怖いんだ。もしも母さんや父さんや他の人を傷つけるようなことになったらって・・・」
「あんな大きな魔獣が粉々になっちゃって、あれが人だったらって思うと・・・」
声を詰まらせた僕の頬を母さんの手がなだめるように撫でる
たまらなくなって、僕は涙をボロボロとこぼした。
「わかったわ。お前の思うようにしなさい」
「時々は手紙を寄こすんだぞ。お前は私たちの息子で、ここはお前の家なんだから。」
うん、父さん母さん。
魔法使いになって、またここに帰ってくるよ。だから待ってて

あの男の人について出発した日、村から出た道でジャンが待っていた
「ジャン・・・」
「声、出せるようになったんだな」
「うん・・・」
化け物だと言って怯えた目を向けたジャン。僕はそれを思いだしたら辛くてジャンを見ていられなくなって目を伏せた
暫く沈黙が続いた
ふいにジャンが僕の手を取って袋を渡してきた
「お前、チョコレートボンボン好きだろ。これ、持っていけ」
「え・・・」
きょとんとジャンを見る。こんなこと、ジャンにしてもらったことなんかない
いつもからかわれて、幼いころなんて泣かされてた
「なんだよ!いらないのかよ?!」
反応しない僕にじれたようにジャンが怒鳴る
「あ、いる!いるよ、好きだよこれ!」
慌てて返事をするとジャンが突然握手をしてきた、そのままぶんぶんと振られる
え?え?え?
そして、ぎゅっと抱きしめられた
「助けてもらったのに、あんなこと言ってゴメンな。すげぇ魔法使いになって戻って来いよ」
耳元でつぶやくとジャンはそのまま村に向かって走っていった。
僕は涙が出そうな目を向けてジャンの背中に向けて手を振った
「立派な魔法使いになって帰ってくるよ!!」
ジャンが見えなくなるまでずっと手を振った

「では、行こうか?」
「はい!」
僕は魔法使いをめざして一歩を踏み出した。