ギルドの依頼も無く、もはや日常茶飯事となってしまった異界へのトリップも無い平和な一日。
ポカポカ陽気の晴れた空。
久しぶりにお菓子でも焼こうかなと思い立ってキミはキッチンへ向かう。
小麦粉に卵にミルクに砂糖
プレーンとココア味の2種にしよう
プレーンの方にはあの時貰った茶葉をほんの少し香り付け…
「いい匂いがするにゃ~」
窓際の猫ベッドで丸くなっていたウィズがキミがテーブルにお茶と焼きたてクッキーを運ぶ頃に鼻をひくひくさせながら起き上がる。
くすりと笑って、焼きたてだよと声をかければウィズがふにゃ~と大きく伸びをしてテーブルの上に視線を向けるとその瞳がキラキラと輝く。
「キミのお手製お菓子、久しぶりだにゃ♪」
ウィズの為に買い揃えた猫サイズの小さな茶器に紅茶を注いで蜂蜜を溶かす。
キミはお菓子を食べる時の紅茶はストレートがいいけれど、甘党のウィズには蜂蜜が欠かせないエッセンスなのだと言う。
「美味しいにゃ♪」
焼きたてのサクサククッキーを頬張ってウィズがうっとり蕩けた顔をする
「キミのお手製お菓子はいつも最高だにゃ~」
お菓子の国のお菓子も格別だったけど、キミのお菓子が一等賞にゃ♪と絶賛してくれるウィズにキミは少し照れくさかったけど素直にありがとうと答えた。
「あ、この香は天上岬の茶葉の香にゃ?」
プレーンクッキーを食べたウィズが懐かしそうに言う。
うん。あの時分けてもらったのを少し香り付けに使ってみたんだよとキミは答えた。
「みんな元気かにゃ」
きっと元気に新しい香水を作ってるよ。とキミも懐かしそうにあの時のことを思い出す。
お互いを思いやり笑いの絶えない幸せな姉妹たち
キミにだけ見えたあの女性もそんな二人をとても愛おしそうに見つめて消えていった。
母という存在はあのようにあたたかで大きな愛を与えてくれる存在なんだろう。
「・・・キミ、奇跡の香水を分けてもらわなかったこと後悔してないのかにゃ?」
物思いにふけっていたキミへ神妙な声音で問いかけるウィズ
奇跡の香水をお礼にと小さな小瓶に分けてくれようとしたその申し出をキミは断った。
本心から欲しくなかったと言えば嘘になる。でもキミはどうしても受け取れなかった
「もしかしたら、キミの思い出せない記憶が戻ったかもしれないにゃ」
記憶を失くして森に倒れていたところを養父母に助けられたキミ
本当の母や父を思い出せたかもしれないチャンス…
キミは笑みを浮かべて、いいんだ思い出さなくて…と答えた。
「どうしてにゃ?そんな寂しそうに笑うのに…」
キミは心配そうに見つめるウィズの頭そっとを撫でる。
本当は自分を産んでくれた両親を知りたいと思う時もある。
どんな顔なんだろう?どんな声なんだろう?どんなふうに抱きしめてくれたんだろう?
本音は知りたい。でも…
「怖いから…」
とキミはぽつりと呟いた。
まだ幼かったキミが森で一人で倒れていた理由。それを知るのが怖かった。
ファム姉妹を見つめる彼女らの母の愛に満ち溢れた姿を見て、母という存在が無償で子を愛するものだと思えば思う程
何故、自分はひとりだったんだろう?と考えて怖くなった。
両親の身に何か起こったのかもしれない
もしかしたら、僕は捨てたくなるような子供だったのかもしれない…
人間には過ぎた魔力を持った自分。
村を出る時に起きた事件、一瞬でもキミを化け物と罵った村の友達
両親の愛がもう無くなったのかもしれない。化け物だと思ったのかもしれない
いや、それならまだマシだ。憎まれていても、それでも生きていてくれるのだから。
魔力のコントロールができていなかった自分。
魔物を無自覚のまま砕いて殺してしまった自分。
この魔力が、もしかしたら両親を傷つけていたとしたら…?
ゾクリと背筋を悪寒が走る。
それに耐えるように、キミはきゅっと唇を噛んだ。目を閉じる
ふと、膝にとすんと重みを感じて目を開けると、ウィズが膝からキミを見上げていた。
その瞳には後悔の色が滲んでいた。
「・・・ごめんにゃ」
ウィズのせいじゃない。自分の臆病が原因 自分の問題
それなのにウィズが謝るなんて…
ごめんなさいの代わりにキミはウィズをそっと抱きしめた。
そして、ありがとうと思う。
自分のことのように心を痛めてくれる優しい師匠。その気持ちがたまらなく嬉しい。
楽しい思い出をいっぱい作ってる最中だから、今は思い出の貯蔵中なんだよ。
優しい養父母と不器用な村の友達との思い出
ギルドの皆との思い出や異世界の人々との交流
そして師匠ウィズとの冒険の思い出
お互いにおじいちゃんとおばあちゃんになって、ああそんなこともあったねと
楽しいことも悲しいことも穏やかに思い出せるようになるまで過去の事は箱に仕舞っておこうと思うんだ。
キミの言葉にウィズはすり…と頭をキミの胸に擦りつけて呟いた。
「レディにおばあちゃんになってからの話なんてデリカシー無さ過ぎにゃ」
「でも、ずっと一緒にいられるといいにゃ」
うん、そうだね。
キミはウィズの背を撫でて答えた。
2016/1/31 pixiv投稿