魔法使いの秘密

「ん…も、や くるし…」
ねっとりと首筋に絡みつく感触はあれほど心地よかった触れ合いを毎夜毎夜の重なる行為に苦しみしか与えなくなっていた。
逃れたくても壁際に追い込まれた身は、もう逃げ場がない
「い…た…」
無理な体勢は体のあちこちがきしんで悲鳴を上げた
今夜も眠らせてもらえない…
諦めた身体は抵抗をやめ、全てを受け入れるしかなかった

「どうだ?調子は」
バロンは見かけたウィズの弟子の背に声をかけた。そして振り向いたその顔に驚く
「どうしたんだ?顔色が悪いぞ」
青白い顔に、目の下にはうっすらとクマもできているように見える。
「ちょっと、最近よく眠れなくて…」
彼は疲れたように答えた。
「魔法は集中力が欠けるとうまくいかなくなるぞ。お前、これから何か依頼を受けているのか?」
「はい。あと1件魔物退治が」
「それは俺が行こう。お前は部屋に戻って休んだ方が良い。」
「でも・・・」
「いいから休め。これはギルドマスターとしての命令だ」
この状態で魔物退治なぞ、危なっかしくてさせたくないとバロンは思う
「はい。じゃあお言葉に甘えてお願いします」
彼のことだからごねるかと思ったが、案外素直に従ったことに内心バロンは驚いた
同時に、この生真面目な彼がこうも素直に言うことをきくということは相当身体が辛いのだろうと確信した
「任せておけ。ああ、今精霊カードの手持ちがないのでお前のを貸してくれるか?」
「はい。じゃあこれで」
バロンは彼から数枚の精霊カードを受け取った。
「じゃあな、しっかり休養するんだぞ」
ポンと彼の背を軽く叩いた。
「あうっ!」
途端に上がったうめき声。彼はそのまま暫く腰に手を当て痛みをやり過ごしているかのような仕草をした
「お、おい!どうした、大丈夫か?そんなに俺の力が強かったか?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと腰を痛めてて…」
大丈夫ですからと彼は答え、腰を庇うように慎重な足取りで自室へ帰っていった
「とても大丈夫には見えんが・・・」
彼の姿が宿舎内に消えるまでバロンは心配で目が離せなかった

彼の代わりに魔物を退治し、一息つく。
ふと使役した精霊たちがカードに戻らずもじもじとこちらを見ているのに声をかける。
「どうした?何か話でもあるのか?」
精霊たちはお互いの顔を見合わせ、思い切ったように口を開いた
「マスターを助けてほしいんです」
「なんだって?」
彼を助けろとはどういうことだ?精霊たちは口々に話し始めた

彼女らの話はこうだ
カードに戻ってしまうと声しか聞こえないので詳細はわからないが、ここのところ毎夜彼の苦し気な声が聞こえるのだという。
痛いとか、苦しいとか、
そして朝になると決まって体の痛みにうめき声をあげているのだ
「それに、呼び出された時に見えたんです。マスターの首筋とか腕にあざがいくつもあったんです」
「きっと誰かがマスターをいじめてるんだわ」
精霊たちはマスターをいじめている人物がいると憤っていたがバロンは別の可能性が浮かぶ
「まさか?」
確かめる必要があるな。バロンは呟いた

バロンは深夜、真相を確かめる為に彼の部屋へと足を運んだ。
部屋に近づくにつれ、彼の声が漏れ聞こえてきた
「いた…ッ!やだ・・・もう・・・」
「くるし…」
その声にバロンの頬がかぁっと熱くなる。同時に怒りが沸いた。
やはり自分の不安が的中したのだ。
助けなければ!バロンは扉を乱暴に開け叫ぶ
「うちの訓練生に不埒な真似をするなぁぁ!!・・・・あ?」
そして目に飛び込んだ光景にバロンはぽかんと口を開けた。
そこには壁ぎわに追いつめられ、不自然な格好で眠る彼と、だらしなく四肢を投げ出し彼に後ろ足で蹴りを入れているような格好で寝ている黒猫の姿があった。

彼の説明はバロンの脱力感を更に増した
仔細はこうだ
ここのところ冷えてきたため、黒猫が彼のベッドに潜り込んでくるようになった
ところが黒猫はとんでもなく寝相が悪い
顔面に蹴りをいれられたり、首にどっかり乗られて苦しいわ
挙句にベッドの中央でのびて寝るせいで彼は壁際に不自然な体勢で追い込まれて寝ていて
すっかり寝違えてしまったのだという。
身体のあざも黒猫の蹴りと壁際で寝がえりをうった時にぶつけたものらしい
「ああ…そういうことか。ははは…」
もうバロンは乾いた笑いを披露するしかない。勘違いした内容に己が恥ずかしい

「あ~…猫用ベッドを用意して体調管理には気を付けるように」
なにやら与えた指示も取って付けたような虚しさにため息が出た
そんな指示にも
「はい!」
と真顔で答える彼の生真面目さは些かの救いとなった
何事も確認というのは必要だ。
次からはしっかり調査してから行動しようとバロンは肝に銘じた